USCPAライセンスはビジネスの場で非常に有効。


第105回 USCPA CMレポート

実施日: 2014年3月29日(土)
【Guest】 けんさん USCPA

ゲスト紹介

大学卒業後、総合商社の財務経理部門に配属となって以降は、財務担当、アパレル経理担当、欧州拠点財務経理担当(ロンドン勤務)、海外拠点全般の経理責任者、石油ガス上流事業オペレーター会社への出向(ジャカルタ勤務)、石油ガス上流事業会社CFO(カルガリー勤務)、と16年間一貫して財務経理業務を担当。

2011年にUSCPAライセンスを取得し、現在本社エネルギー事業財経業務(東京勤務)を担当中。


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Q&A

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どうして商社に入ったのでしょうか?

父親も総合商社に勤めていて、カナダのバンクーバーで生まれました。3歳位で東京に戻り、今度、9歳からはまた海外で13歳までオーストラリアに住んでいました。

13歳で日本に戻ってきてからは埼玉に住んで、東京の高校に通い、その後、大学に進んだのですが、日本に対して少し違和感を感じたんですね。

そんな中、交換留学生プログラムを使って、アメリカのロスに一年間行きました。 留学から戻ってきて、就職ということになったのですが、当時はジャーナリストになりたかったんです。

専攻も政治学で、新聞記者になろうかと、選挙活動の手伝い等もしながら、新聞記者の知り合いに話を聞いたりしていたら、やっぱりあまり好きじゃないな、と思ったんですよ。

なので、もう一度、今まで何に価値観の重きを置いてきたかと考えた時にいろいろな国を点々としてきた中で、どうして文化や、日本に対して多義的な感情を抱くのかなと。

それは今、日本の社会が、住む空間と働く空間、あるいは遊ぶ空間が独立して存在していて、自分の住んでいるところにそれほど思い入れが出来ない、愛着が持てないな、と思ったんです。

それが巡り巡って、選挙で自分の意志を反映させて、代議士を通じて自分の考えを政治制度や法律に反映していくという普通の過程がファンクションしていないんじゃないかと思ったんですね。

じゃあ、それをどう変えられるのか、と考えた時に官僚はちょっと人を動かすドライバーとしては弱いんじゃないかと思って、人は何で動くかというと利益ですね、

と。じゃあ、民間企業に行くのはどうかと考え、今、話したように住空間がひとつのキーになるのかな、と思ったので、都市再開発にどういうプレイヤーが関与しているのかを研究して行ったところ、最後、辿り着いたのが総合商社の観点でそういったものに携わるのが一番良かろうと思ったんです。

そこで父親に相談したところ、猛反対を受けました。 何しろ大変だと言うんですね。でも、今まで仕事で退屈したことが無いと言うんです。

だったら、やっぱり商社に入りたいと話したのですが、父親が「お前は営業なんかやったら、身体を壊すからやめておけ」と言うんですよ。それで結局、商社で都市再開発の財務経理をやると話しました。

入社の時に配属の希望を聞かれて、そのまま伝えたのと本社でひとつの専門的なところを個別に深化させていくというのも時間の無駄なような気がして、出来れば、関西支社で財務をやらせて欲しいと話しました。

人々が共通の価値として見いだせるお金とか利益を通じて、社会に貢献したい、あるいはインパクトを与えたいという問題意識と自分自身はいずれ事業を立ち上げたいという二つの追い求めているものがあって、そのまま商社に残るのであれば、大きいものである都市再開発を財務経理からやりたいと、ただもう一つ商社で財務経理をやりながら、そこで蓄えたノウハウを自分で会社を立ち上げる時に使いたいというふたつの思惑があって、希望を言いました。

そして、幸いにも、会社が私の言い分を聞いてくれて、関西支社の経理部財務チームに配属となりました。

最初の配属先ではどのような事をされたのですか?

関西支社では、外国為替ですね。いわゆる海外との決済、輸出入為替の取り扱いです。

色々な銀行の人と交渉しながら、円滑な決済を確保し、有利な銀行手数料を確保出来るように銀行配分を決めていきます。それを2年半くらいやっていました。その後は同じく関西支社でアパレルの担当経理になりました。

その1999年当時は物凄く不景気で、殆どの取引先が大阪だったんですが、会社が潰れているところが多くて、やっていた仕事は不良債権となった中小企業の債権者集会とかに出たりしていました。

その後は、焦げ付いた債権を手形で回収して、潰れた会社で登記を抹消していない会社に行って、畳んでもらうよう交渉したり、ある時は倉庫に行って、商品の棚卸しを一日籠もってやったりしていました。あとは中国に出張して、縫製工場の監査もやりましたね。

そんな風に関西支社に4年くらいいたのですが、財務をやって2ヶ月位の時に当時は会計ビッグバンと言われ、日本の財務諸表、会計基準は海外から非常にわかりづらいとされていて、弊社はその時から米国会計基準にシフトするということが決まっていたので、日本の基準を勉強するよりも米国会計基準だなと思っていたところ、新聞でアビタスの広告を見まして、大阪校で入学しました。

当時は仕事をしながらだったのですが、忙しくて、何とかカリフォルニアで受けるところまでは持って行って(当時は日本で受験ができなかった)、受験したのですが、半分までしか受からなくて、そうこうしているうちに本当に仕事が忙しくなってしまって、そこで絶ち切れてしまったんです。

これはUSCPAには縁がないのかな、と思っていたら、5年目にロンドンに赴任となりました。


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ロンドンでは何をされていたのでしょうか?

ロンドンは欧州の拠点だったので、うちの会社が持っている欧州の現地法人及び支店の予算決算の取りまとめとモニタリングですね。巡回経理をしながら、そこできちんと経理オペレーションが適切に行われているか、税務上問題がないか、あとは不正の取り締まりです。それとうちはSAPを使っていて、当時からSAPのロールアウトをやっていました。そこで2年やった後、今度は東京に戻って来いという話になり、本社勤務かと思ったのですが、財務経理の子会社へ出向することになりました。

その子会社ではどのような仕事をされていたのですか?

そこでは本来本社でやるべき海外会計をやる機能を丸々アウトソースされた部署でして、ちょうどロンドンで2年間、海外会計の仕事をしていたので、適任と思われたのか、そこの部署に帰任することになり、それから約2年後にはその部署の責任者を任されました。これは本当に大変でしたね。

うちの会社の現地法人が42、支店が70あり、その決算を全部やったのと同時にちょうどシステムの切り替え時期でSAPベースの海外基幹システムのデザインをシステム子会社と基本設計から決めて、それを導入展開しつつ、現地の税務上の問題とかがないかということも13人の部署でやっていました。

また会社としては連結経営整備の一環として連結決算の精緻化を進めており、子会社の決算期統一プロジェクトを立ち上げて全社的に取り組んでいました。

そんな中、例えば現地に行って、決算の早期化を図るために決算工程を分析して、コンサルテーションを行い、それを改善工程表に落としこんで導入していき、毎月モニタリングし、必要であれば、現地に飛んでテコ入れをするというのを2年半くらいやっていました。

結果、無事決算処理の早期化と決算期統一も完了させることが出来たのが海外会計5年目の頃でしてだいぶ楽になってきたので、USCPAをもう一度やるか、もしくはMBAに行くかな、と思っていたら、またも辞令がきて、今度はジャカルタへ行くことになりました。

ジャカルタでも会計をやっていたのでしょうか?

はい。主要業務は会計でしたが、ジャカルタは拠点ではなくて、事業会社であったので、会計だけにはとどまらない様々な業務を担当していました。

事業会社と言っても石油ガスの探鉱開発という事業があって、それを総称して上流事業と言うんですね。その上流事業をやっているオペレーター会社に行くことになりました。

そのオペレーター会社というのは、探鉱開発の運営責任を負っている会社で、通常、弊社の場合、オペレーターとしてはあまり参画しないのですが、出向先のその会社はオペレーター会社であり、且つ弊社が参入する前から数回のM&Aを経ていた為、会社内は複雑な状態にありました。

そこの運営がうまくいっていなくて、特に財務経理のところが疲弊していたので、そこを立て直して欲しいと言う事が当方が出向することになった直接的背景でした。 財務経理の立て直しにはある程度のセオリーがあるので、出来ないことはないだろうと思っていたんですが、中身を見ていくと物凄く複雑骨折をしていたんです。

石油ガス事業というのは、そのリスクの大きさから通常はひとつの会社だけでは出来なくて、いわゆるジョイント・ベンチャーと言って、色々なところからお金を入れて運営をされているんですね。

その中で探鉱開発事業がうまく行かなくなるとお互いがお互いのせいにしだすんですよ。弊社でも駐在員は出していたんですが、インドネシアの石油ガス事業というのは国営でして、そこの国営企業で働くということは国から給料が払われていて、ビザの発行も本当にそこの国営企業で使えるのかどうかで判断があって支給がされるんです。

総合商社の営業をやっているだけだとエクスパティーズがわかりにくくて、permitがなかなか取れなかったんです。一方、同じ日本の企業でパートナーを組んでいた石油ガスの会社は、技術を持っているので、どんどんPermitが取れて、現地ではうちの会社の人間はゼロ、その日系の会社からは10数名、現地のパートナーからは何十名、それとM&Aした会社なので過去からいる従業員が200名くらいいました。

そこに私がどうして入れたかというと当時、まだUSCPAには合格していませんでしたが、財務経理をやって来たということで唯一、そこのポストを取ることが出来たんです。

ただポストを取れたと言ってもCFOではなくて、現地人のCFO格の人間いてその人間の下、各パートナー宛に報告する財務諸表などの作成責任を担当することとなったのです。

エネルギービジネスというのは本当に利害が大きくて、何をするにしても数百億、数千億の投資になりますので、本当に色々なことが絡んでくるんですね。

多くは語れないですが政府からの圧力などをはじめ本当に色々と大変なことが起こって、資金繰りが悪く、生産も上がっていない中で、つぶさに分析して、何をすれば収益が上がるのか、ローンの返済が出来るのかを考えました。

そんな中、色々と資金繰りなど、工夫しながらやっていくと数字は嘘をつかないので、徐々に事業における課題とそれらへの解決策が見えてきて、互いにいがみ合っていた状況も徐々に改善され、最終的には同じ方向にベクトルが向くようになりました。

ようやくこの会社に来てよかったな、と思いながらやっていて、1年半経って皆が同じベクトルに向かったのをきっかけに今度は次なる課題として税務面の課題にも着手し始めました。

ジャカルタにいながら海外へ出張をして、タックス・ストラクチャーの再構築をしていきました。これは本当に難しいんですけども、凄く面白くて、あと3年位やらせて欲しいと本社に伝えていたんですが、、、またも青天の霹靂で今度はカルガリーに行くことになりました。

カルガリーでは何をされたのですか?

カナダで今度、シェールガス事業プロジェクトの立ち上げをやるべくカルガリーに派遣されました。

着任時点で既にシェールガス上流資産を保有しており、ガスの生産も開始していたのですが、当方が駐在中にジョイント・ベンチャーを組成してLNGのプロジェクトの立ち上げと新規シェールガス上流資産(2900億円)の取得を行いました。

新規資産取得の際にはネゴチームの一員も務めるなど、大変やりがいがありました。結果として現地で会社を5社立ち上げました。約2年半の駐在期間中に新規駐在員の受け入れと現地社員の採用をのべ40名程度行い、そろそろ立ち上げ期が終了してきたかな、と思ったら、また今度は本社に戻されることになり、去年9月に日本に戻って、今に至っています。

幸いだったのは、戻ってきて、引き続き、カナダでやっているシェールガス・LNGプロジェクトを日本におけるカウンターパートとして見る立場になり、私の後任が同期の人間だったことから未だに私自身濃密に同プロジェクトに関与していることです。同プロジェクトにはその後財務経理の駐在員を増員しており、苦労した人事業務に関しても専門家を駐在員として送ることとなりました。

こうして本社にいながら現地で出来なかったことをよく知る同期の人間と進めることができています。 特にインドネシアに行って以降ですが、自分自身がやっている仕事が日経の一面を飾る事も多くて、そう言った意味でもすごくやりがいがあるな、と思っていますね。

そんなに海外を点々とされて、忙しい中、USCPAはどのように取得されたのですか?

そうですね。まず、今までの仕事とUSCPAがどのように絡んでくるのか、と言う話ですが、先ほども少し話しましたが、対外的に見られた時の専門性です。特に就労ビザが絡んできた時に「君はそれに値する人間なのか」という観点で観られるわけですよ。

いかに面接で良いことを言ったところで、履歴書を見たら、「政治学専攻じゃないか」って話になるんです。いくら今までやってきたことを話したところでなかなか説得力を持たないんですよね。

なので、インドネシアに行った時にこれはマズいなと思って、USCPAをやりかけだった、と思いだし、当時、妻が妊娠中で日本に一時帰国していたので、その半年間でもう一度やろうと思い、勉強を再開しました。

仕事も大変でしたが、23時に仕事が終わって、夜中の1-2時にくらいまで勉強して、朝は4時位に起きて、また勉強して、という感じで不退転の決意で短期でやろうと頑張りました。で、ここで受かったと思うかもしれないんですが、、結局、半年やって1科目しか受からなかったんですよ。

そこで悩んだんですが、「Another 71」というサイトがあって、それを主催している方が面白いことを書いていて、その人は何度も受験してようやく受かった方で、お子さんもいて何度も心が折れそうになってやめそうになったけども、子供の顔を見た時にここで諦めたら、息子が大きくなって、壁にぶち当たった時に「頑張れ」と言う資格があるのか、と思ったって書いてあったんです。

折しも、私もこの時、子供が産まれたばかりで「確かにそうだな」と思ったんですね。ここで諦めるのは父親としての沽券に関わると思って、それまでは合格実績だけで良いと思っていたんですが、ハードルをひとつ上げて、ライセンスまで取ろうと思いました。 そして、結局、半年後に全て受かったんですが、結局、気持ちだったのかもしれないですね。

最後の2-3日はほぼ徹夜で、この最後の一分、一秒が効くんだと思って粘って、思いが伝わり、2010年12月に合格し、その後、ライセンスを取得しました。


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ライセンスは取得して良かったとお考えですか?

結局、ライセンスはインドネシアにいた時に取得したのですが、カナダに行ってから凄く効いてきて、現地でCFOだったのですが、凄く大きなパートナー企業のCFOとかVPと話すとCPAかカナダのChartered AccountantではないCFOっていないんですよ。

CFOをやっている人間がCPAまたはCAを持っていないなんて信じられないという世界なんです。そういうのがあって、持っていなかったら、本当にナメられていたなと思いました。

特にカルガリーは弊社として始めて進出した都市でしたので、会社の看板を背負っていたんですね。ここでヘタ打つわけには行きませんでしたので、本当に良かったです。やはり何故、ライセンスが必要かというと海外では名刺に会社のポジションと肩書だけ書いてあっても、USCPAと書かないとわからないんですよね。

自分自身が何者であるか客観的にすぐに分かる意味でも大事だと思いますし、実際、仕事をやる上で、私の場合、ずっと経理をやっていたので、監査で会計監査人と話す機会も多かったですが、改めて勉強して、それを踏まえて話すとスムーズに行きますよね。

スケジューリングとか、あるいは彼らが出来る事、出来ないこと、彼らが負っている倫理責任とかも全部わかるので、彼らの手の内がわかった上で話が出来るようになりました。

あとは石油ガスというのは特殊な会計の分野である上に、シェールガスという非在来型の会計処理に関しては世界でもまだ確立されていないんですね。

経理をしながらもビジネスをずっと見てきた身として何が大事なのか、何が本質なのかをつぶさに理解した上で、それをどう財務諸表に反映させるか、会計処理するかなんです。会計処理って会計基準を見ても白黒はっきりしなくて、まず大切なのは何が実態でそれをどのようにステークホルダーの人たちにとって有益な情報として伝えること、表現できるのか、ということなんです。

正確な会計基準の理解に基づき、ビジネスをどう落としこんで説得力を持って監査人と話せるかというのはCPAという資格を持って、あるいはきちんと勉強をしたアカデミックバックグランドがあるから出来るんだと思います。

私の場合、USCPAを勉強し始めたのは早くて、結果的に合格をしたのは遅かったですが、勉強して本当に良かったと思っています。

部下を管理していた経験があって、CFOになられたということですが、どういうところを意識されて仕事をされてきましたか?

私がはじめてマネージするようになったのは、2006年頃であり、日本の子会社に出向して、海外会計をやっていた時で、当時8年目くらいでその下に本社から4名、子会社で採用したのが3名と派遣社員が3名という構成で、比較的ジュニアなチームで経験も殆ど無い人ばかりでした。そんな中で心がけたのは、組織が達成しないと行けない目標は何なのか、それを明確に共有するということでした。

13人の向かうべきベクトルをきちんと示してあげて、それと同時にレベル感が違う各人の資質を見極めながら、同時に組織でやらなければならない業務をシステマチックに分析して、枠組を作っていくわけなんですね。

そこに入り込めるのか、入り込めないのか、人だけをベースにして仕事を構築しようとするとインバランスになりますし、人が変わった時のリスクが出て来てしまうので、人はまず見るんですが、見た上で、会社のベクトル、組織のベクトルとしてやらなければならないことを定量的に、システマチックに構築していって、工程も作り、、、ただ工場で働いているわけではないので、戦略的なものを考えるという要素も残しながらですね。

あとは13名くらいですので、私よりも年次の若い人間を数名指名して、階層を作りながら、あとはひらすらコーチングです。緻密なタスク管理もして、各人の資質とか、性格を見極めた上で、接し方とか、話し方のトーンも変えて、マイクロマネージの世界でしょうね。

それは勿論、CFOへのひとつの礎には経験としてなったのですが、CFOになるというのは現場のチームを回すというだけではダメで、この事業を本社と連携しながら、外に展開していくにあたって必要な戦略と外との関係性ですね。

これはまた違う資質になりますし、CFOになるとコーチングだけではなくて、もっと厳しく、解雇も含めて常に決断を行っていく必要がありあす。

例えば、カルガリーにいた時にはアンダーパフォームしていた人間を何名か解雇せざるを得なかったですし、そういう厳しさも必要になってくると思います。 海外会計にいた頃は部下を選ぶことは出来ませんでした。

会社がいわばあてがって来る人をきちんとマネージする能力が問われます。一方CFOになると自分で人を採用し、チームの機能を規定し、組織を全部作っていく必要がありますよね。

また採用の際には、会社をどう広告宣伝するのか、によって採用できる人間も変わってきますので、受けに来た方に「この会社で働きたいな」と思ってもらえるようにモチベートする事が必要になってきます。従い、違ったスキルが要求されてくると思います。

組織というのは信頼関係がないとなかなか回らないと思うのですが、どういうことを意識して信頼関係を作っていましたか?

あまり仲良くならないということですね。会社である以上まずは仕事ありきで集まった集団なので、仕事の責任ありき、義務ありきでその関係を認識せしめることだと思います。

その過程で、ちょっとした時に少しずつ自分という人間と相手の人間性を受け入れながらやっていくのが大事だと思います。ただコアにやるべきことなのは仕事であり、会社として達成するということなので。

特に北米だったので、そういう意識が強かったのかなと思います。私が日本の子会社でやっていた時はどちらかと言うとウエットにやっていたんですね。例えばよくノミュニケーションと称して飲みに行ったりしました。

でも、それは日本の話で、特にマイクロマネージの世界の話ですので、海外に行って、高い職位でやる場合には、もう少しプロフェッショナルにやることが大事だと思います。それと石油ガスの会計って本当に専門分化しているんですね。

そういった専門性を持った人をリスペクトしながら、「君へのエクスペクテーションはこれだ」というものを明確にしてあげて、ある程度割りきりを持たないと行けないんですね。

勿論、その過程で信頼関係が深まっていって、ピュアに人間として面白いやつだな、ってことになって飲みに行く場合もありますが、それが先に来てはダメなんですね。最初はしっかりとした力関係を示さないといけないと思います。

中間管理職として上から意図に沿わない話がきて、下へそれを振らないと行けない時にどのように対処していますか?

まず現地にいた時に思っていたのは、ジョイント・ベンチャーをやっていたので、ジョイント・ベンチャーとして、最適なものに繋がるのかどうかという価値基準ですね。例えば、本社からの指示であっても、それがジョイント・ベンチャーにとってプラスにならないのであれば突っぱねますよね。何故ならば、このジョイント・ベンチャーにうちの会社が出資して、利益を出そうとしている中、うちの都合だけで何かをやろうとするとそのバランスが崩れるし、最適化につながらないですから。無論、本社の指示にも理がある場合には「しょうがない」とは言わず、会社人としてコミットメントを持って部下に対してその意義を説明し、有無を言わさずにやらせました。

ただ実際にはそこまでせざるを得なかった局面はありませんでしたけれど。 たまに変なこと、こちらの意向と違う事を言ってくる人はいますけど、自分自身がFor the Projectのマインドセットを忘れずに真摯に取り組んでいれば、必ず最後にはいいカタチで結果につながりますね。。

USCPAのエクスパティーズについて、資格としての表面的なところと能力的にどう活かせるかという部分があると思っていまして、将来、起業したいと思っているのですが、USCPAを取得することによって、どのように事業へ活かしていくのか、能力として通用するのかと言う事に不安を感じているのですがどう思われますか?

なかなか難しい質問ですね。私が先ほどエクスパティーズとUSCPAをどうかけていたかというとまず外から見ると「こいつ会計がわかっているな」というラベルになるという意味でのエクスパティーズなんですが、本当の意味でのエクスパティーズって何かというとUSCPAの試験ってかなり基礎的なことなんですよね。アレだけで何か出来るかというと出来ません。

私自身、経理・財務を15年やっていますが、まだまだわからないことだらけなんですね。ヘッジ会計とかデリバティブとかとても難しいですし、今は国際会計基準と米国会計基準で財務諸表を作っていますが、わからないことはいっぱいあります。

ですので、本当のエクスパティーズって自身がやる事業・分野の専門性に他ならないと思います。では事業の立ち上げにおいて、どのように活かせるかというと私自身、今、一番助かっているなと思うのは、投資をするにおいて判断や、ある資産が減損しているかしていないか等について将来キャッシュ・フロー等を用いてバリュエーションする際のBECとかの知識ですかね。

そういった事をやる上で基礎ができているですよね。

商社ですとジョイント・ベンチャーも多いと思うのですが、各会社の意見の対立があった時のマネージメントはどうされていますか?

ジョイント・ベンチャーをひとつ、組成するときに考えるのは、オペレーターなのか、ノンオペレーターなのかなんです。日本の企業が石油ガス事業に参画するとき、経験的にオペレーターを務めるのは極めて困難なんですね。

従い、たいていはノンオペレーターの立場で参画することになります。その際に他にパートナーがどの程度参画しているのかというのを意識しながら、もしフィフティ・フィフティもしくは3社位のパートナーならば、重要事項に関しては拒否権を持つレベルで入りますね。

そこであとはジョイント・ベンチャー・アグリーメントとジョイント・オペレーション・アグリーメントの中で重要事項を抽出して、それに対して全会一致なのか、例えば70%ラインか80%のラインなのかを決めていきます。

まずプロジェクトに対してどのように参画したいのかというのが先にありきで、通常、総合商社の場合はマジョリティーと言うことはないですね。

そして、オペレーターでもないことが多いです。 ノンオペレーターの中でどれだけマジョリティーであるかと全面には出ないコンソーシアムを組んで行く場合には、それを束ねるマジョリティーにはなります。

本社と子会社の間に立って仕事をしていく時に様々な判断というのはどうされていますか?

インドネシア時代はそういったことが多くて、まずは双方ともに色々な意見があって、対立しているのでしょうから、その立場と考えを理解した上で共通したところは何だろう、と財務の立場なので、極力数字で出してみます。例えば簡単な例ですが、本社の人間が言っている事をやると損が出て、子会社の人が言うことを通せば、ちょっとプラスになりますね、と言う事であれば、プラスのほうが良いだろうと言うことを間に入って話します。両方の言い分を数字にしてみた上で、両方に聞いてみるんです。それが財務経理の大事なところなので。 特に本社の人間というのは、現場から離れているので、わからないんですよね。

自分たちが言ったことがどう波及して、どう影響を与えて、結果に繋がっていくかというのが見えていない事が多いので、それを見せてあげるのが大事な仕事かもしれないです。

決算の効率化とか早期化と言う話がありましたが、その中のモニタリングというのは、あるタスクについていつまでに出来たとか、そういったモニタリングになるのでしょうか?

その当時やっていたのは、コンサルタントと一緒に現地に行って決算の早期化に向けた改善計画書を作るんですね。決算って帳簿を締めるまで色々なプロセスがあって、例えば、今のやり方だと18営業日かかっているものを8営業日にしなければならないという時にギャップが10営業日あって、それを四半期決算なので、四半期ごとに縮めていくんですね、次の四半期までに2営業日縮めよう、その次の四半期では1営業日、と言う具合に。それを出来たか、出来なかったかを見ていくと幾つかのプロセスで出来ませんでしたというのが出てくるので、その理由を表に書き出させて、事務局では何百社かの子会社の状況をモニタリングしているんですが、その表を見て、話し合って、場合によってはその子会社に行くこともあります。

子会社の全体についてということなのですね。

そうですね。その人達がきちんとやってくれないと連結に影響を与えかねないので。

ライセンスを取得されているということですが、総合商社であれば海外に行くチャンスもあるので必要だとは思うのですけども、海外に行かないような仕事でもやっぱり取ったほうが良いのでしょうか?

先ほども話しましたが、USCPAライセンスは取った方が良いですね。ライセンスを取るとCPEがあって、3年間で120単位取得する必要があるんですが、これを私は好意的に捉えていて、先日もライセンスを更新したのですが、強制的に勉強しないといけないんですよね。

会計基準とか税法って常に変わっているので、それをオンラインで勉強出来るんですよ。車の運転でペーパードライバーっていう人がいますけども、そういうふうにはなりませんし、自分自身、継続的に勉強できるので、ひけらかすライセンスじゃなかったとしても、自分自身の為にはなるので、そういった意味でも是非、取得をお勧めします。

それとUSCPAは相互認証制度がありますよね。私はそれを利用して、カナダの公認会計士も持っているんです。USCPAをベースに書き換えているんですね。

残念ながら、まだ日本はそれが出来ませんけども、また次に駐在した国でもそういったことが出来ればと思っています。これはライセンスが無いと出来ないので、どこかでライセンスは取っておいたほうが良いと思いますね。

CFO業務の醍醐味は何でしょうか?

色々あるのですが、もともと会社を経営したいと思って今の会社に入社したんですね。通常CFOというのはCEOに次ぐナンバーツーという位置づけですね。そういった観点では実際、経営ですよね。財務経理という専門性はあるんですが、実際、CFOをやっていて、カナダのシェールガス事業とLNG事業は本当にカナダでも新しい事業ですし、LNG事業自体はうちの会社でも4-50年やっているんですが、シェールガスを使ってやるということや通常の意味でのトラディショナルなLNGビジネスとも違うんですね。そういう戦略的な位置づけとか、他の会社の人と話した時にどう戦略を描くかというのは、間違いなくマネージメント的な仕事なんだという事を体感できました。一方プレッシャーとかはありますね。

最後は自分で決めないといけないので。だから、チャレンジが好きな人には良いと思います。それと変化とかダイナミズムとかが苦にならない人には良いですよね。私は非常に楽しかったですし、またいつか機会があれば、別の会社のCFOをやりたいなと思っています。

今後のキャリアとして、CFOではなくて、CEOを目指すのでしょうか。

そうですね。そう言っているんですけども、皆、笑うだけなんですよ(笑) コーポレートというグループにいると普通、CFOを目指すでしょう、ということで終わっちゃうんですよね。CFOは楽しいですけど、きっとCEOはもっと楽しいんでしょうね。

キャリアで財務経理以外に行きたいと思ったことは無かったですか?

思ったこともありますし、エネルギー事業をやっていると営業グループから誘われることもあります。ただ12年目くらいになった時に財務経理の畑を歩んでいくと決めたんですよ。何をするのでも自分の専門性というのはずっと持っていないといけないですし、軸は持っていないとダメなので。財務経理というひとつの柱がある必要があって、それはずっと勉強し続ければ良いだろうと思うんですが、勉強だけじゃなくて、会社の財務経理の部局にいることで、会社が財務経理という観点からどう判断していくのかというのを常に意識するというのは本当に大事なんですよね。仮に自分が営業グループに異動して、財務経理をわかっているからということでやっていくことが出来ても2-3年すると専門性が陳腐化していくんですよ。感覚が鈍るというか。 そういうのは避けたいなというのがあります。

会社の財務経理をやるというのは勉強とは違うので、仕事としての財務経理の現場から離れると知らず知らずのうちにエッジがなくなっていってしまいますね。

総合商社の方もローテーションがあるんですか?

うちの場合ですとコーポレートの中では財務と経理とリスクマネジメントの3つの部署間では人事交流があります。それと業界という意味では横断的にグルグルと回されます。私で言うとずっと全社側の財務経理がほとんどだったのですが、6年くらい前にエネルギー事業グループの財務経理に異動となって以降は、ずっとエネルギー事業関連の業務をしています。エネルギー事業には魅力を感じており、今後もこの業界で財務経理を軸としてキャリア形成していきたいと考えています。

USCPAで学んだ知識というのはどのように活きていますか?それと勉強をする前としたあとでは何か変化がありましたか?

財務会計は日々、やっているので、そこは間違いなく活きていますね。監査論も凄く役に立っています。Internal Controlの考え方とか。 REGは税法のところで個人所得税はアメリカで納税しているわけではないので、使うことはないですが、会社法的なところは結構、使う機会が多いですね。特にこういったジョイント・ベンチャーは法律の世界が絡んでくるので、そう考えると結構、使えていますね。 それと勉強する前としたあとでは、モノの見方のフレームワークが出来たかなと思います。

最後に何か皆さんにメッセージはありますか?

私はUSCPAを勉強し始めたのは早くて、結果的に合格をしたのは遅かったですが、勉強して本当に良かったと思っています。私の場合、経理をずっとやってきたのがあったので、USCPAを勉強するにあたってはある程度、アドバンテージがあったわけですが、皆さんのように全く違った仕事をされながら、USCPAにチャレンジするというのは、これは本当に凄いことだと思うんですね。海外の人から見たら、どうして会計学の専攻もしていない人が公認会計士の資格を取ろうとするのか、とかなり酔狂に映ると思います。

それだけ難しいことを皆さん、やられているわけなので、大変だと思いますし、資格の勉強は孤独だとは思いますが、ネットでブログとか見ると沢山の方が勉強しているので、一人じゃないんだと思って、是非、頑張って勉強して、合格して下さい。

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