どういう場所に住みたいか、どういう人生を送りたいか。たまたまそのきっかけになるのがUSCPA。


第128回 USCPA CMレポート
海外駐在&海外就職特集!

実施日: 2016年11月26日(土)

USCPAゲスト紹介

Kenjiさん (男性)USCPA


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大学卒業後、大手通信会社に新卒入社し8年間勤務。
在職中に簿記の勉強を始め、日商簿記2級取得。もともと英語が得意であったこと、海外勤務希望を視野に入れ、英語と会計のスペシャリティを確立すべくUSCPAの勉強を開始。
社内の海外トレーニー制度にて2年間ニューヨーク駐在をし、帰国後に全科目合格。
合格後よりアメリカ移住を目指して転職活動を開始。ボストンキャリアフォーラムにてBig4監査法人の日系監査部よりオファー受領するも、労働ビザがなかなか取れず、現在も渡米待ち。
今年の3月末に通信会社を退職し、ベンチャーコンサルティング会社にて中小企業向けの会計・ビジネスコンサルティングを行う。
その傍ら、ニューヨークで出会ったストリートダンスを国内で広めるためにレッスンをしたり、イベントを開催するなどの活動も行なっている。
自分が過ごしたい環境で生活できるように何をしたらよいかを目標に勉強をしていた。自分がワクワクする場所に身を置き続けていきたい。

経験職種:代理店営業、営業企画、経理、海外子会社経営管理、M&A(プレ、ポスト)、コンサルティング

  • USCPAゲスト
  • 参加者
  • 司会

Q&A

通信会社へ入社した直後はどのようなお仕事をされていたのですか?

ルート営業でした。 販売店を回って、新商品の紹介をしたり、いろいろな提案をしたりという ドメスティックな仕事でした。

そんな中、自立して仕事ができるようになりたいなと自分に必要なものを探し始めて、役に立つ資格がほしいと思い、簿記2級、MOS Excel/Access、基本情報処理技術者を取得しました。

その流れでUSCPAを取得されたのですか?

そうです。英語が得意だったのと会計が肌に合っていると感じて、USCPAの学習をスタートするためにアビタスへ入学しました。

学習が始まったあとに、社内で海外トレーニー制度があり、それに申込んだところ、申込み一年目で合格ができ、4年間のルート営業を経て、ニューヨークへ行けることになりました。


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ではUSCPAの学習は米国でされていたんですか?

それが渡米してすぐは、アメリカの生活が楽しすぎて勉強は一旦中断してしまいました。(笑)
でも、何十万と払って自分に投資して、このままやらないのは勿体無いなと思って、2012年5月にFARとREGを受験したところ、FARが一発合格しました。合格すると1年半で失効してしまうという縛りが出てくるので、そこからは火が点いて勉強し始めて、毎Window(3ヶ月)ごとに試験を受けていました。

ニューヨークへ行ってからの仕事はどのようなものだったのですか?

もともと面接の時にはアメリカの子会社で経理をやって、現地のUSGAAPの実践をしたいと話していましたが、実際の現地の人事は現地側が決めるため、配属先は営業企画で、プロダクト採算をやっていました。その他、アメリカ側の営業が足りなくなってフロント営業に回されたりもしました。トレーニーという立場もあり、職務に自由はありませんでした。
最初のルート営業の配属もそうなのですが、配属に対して自分の意志が全く働かないところに不満があって、自分が努力してアピールしても、結局会社の都合で決めることに辟易していました。アメリカでは二社で働いていたのですが、一社目はスタッフの99%は日本人で、駐在も多いですし、現地採用の人も日本人でした。そんな環境なので、全く英語を使わないし、勉強した知識も活きないといった感じでしたね。2年間のトレーニング・プログラムは、1年目は米国内の旗艦になるところで働いて、2年目はもうちょっと現地化したところで働くということになっていたのですが、その当時、アメリカ国内はトラブルを抱えており、2年目も旗艦拠点で引き続きやって欲しいということになりました。

そのやり取りに納得できなかったため、日本の人事に自分の希望を上申しました。もちろん、そういうことすると角が立ってしまうんですけども、このまま我慢してやりたくないことをやり続けるよりも、言ってもダメならば諦めればよいと思って、メールで直訴したところ、2年目で違う会社へ異動になりました。

その二社目の会社はどのような会社だったのですか?

二社目は、8割くらいがアメリカ人の現地化が進んでいる会社で、経理部に配属になりました。結果的には自分のやりたい仕事ができるようになって、運が良かっただけかもしれないですが、言ってよかったなと本当に思いました。

日常的に英語を使う環境だったのと、お客さんの殆どが米系で、英語を使う環境が凄く充実していました。そこで始めて経理の仕事に携わったのですが、主にやっていた内容はデイリーの現金の管理とか、Accounts Payableの管理で、請求書の支払いをしたり、支払いのサイクルを決めたり。それと駐在員として行っていたこともあって、本社向けの月次採算の報告資料を作ったり、
予実対比を作って、その原因が何だったのかというアナライズをして本社へ報告をしていました。
たまたま時期的にも監査を挟んだので現地の監査法人から監査を受ける側で手続きを経験することも出来ました。

トレーニーの制度は2年で終わるのですが、そのまま駐在に切り替わるケースもあります。私はそのまま残りたかったのですが、アメリカの状況が良くなかったので、日本に帰ることになりました。ただこの状況は本社に帰ってきて分かったことで、トレーニー中は自分のレベルまで会社の経営状況はわからず、単純に自分が希望していたことが叶わずに帰らされることに不満で、またいつか絶対アメリカに戻ってやると心に決めました。

USCPAの学習はどのような状況でしたか?

先程話した通り、米国にいる最中はずっと勉強をしていて、FARを一発合格した後、いろいろと苦労して、BECとREGが受かって3科目までは米国にいる間に合格して帰国をしました。

帰国されてからはどのような仕事をされたのでしょうか?

帰国するまでを振り返ると2008年から2013年の6年のうち4年間は営業をしていて、1年間は営業企画をやって、経理はたったの1年だけでした。
帰国してからは、おそらくこの経理の経験があったからだと思いますが、海外子会社の経営管理をするような部署で本社に戻りました。これはなかなか面白くて、大きな会社なので、自分がいたアメリカの現地法人をはじめ、海外にたくさんの子会社があって、私の担当は北南米と東南アジアの100%子会社の経営管理業務でした。自分がアメリカから提出していた月次の予実管理を今度はチェックする側になりました。また、子会社だけでは決められないような本社とのお金の貸し借りとか、重要な人事とか、本社決裁事項と言って、本社の承認が必要になるので、その本社決裁事項を現地法人から取り次いだり、子会社の営業状況などを逐一報告できるよう現地のマネージメントと密接にやりとりしていました。現地法人の社長や、経理部長が自分の相対する人だったので、同世代とは目線が違い、本当に勉強になって面白かったです。ただ一方で、現地法人の社長や経理部長は本社から駐在で行くので、日本人です。 したがって、日本語しか使わなかったです。それと、出張が全くなくて、基本的にはオフィスの中で完結、会議もテレコンでした。
帰国したのは2013年10月だったのですが、2014年5月に最後のAUDに合格して、これで全科目合格となりました。ちなみにAUDの合格までにFARがExpireしてしまって、再受験しました。

帰国して2年半くらいはその会社にいたのですが、後半の一年半くらいは 、M&Aとか買収後のPMIの部隊に入っていくようになって、最初はブラジルの会社のポストマージャーをやりました。それまでM&Aなんて全くやったことがなかったのですが、やりながら覚えていって、その会社の内部統制を整理したりとか、中期計画を作ったりとか、グループ化に向けて、出張をしていろいろなルールを変えていきました。

そのあとはモンゴルの会社で、M&Aをする前段階のデューデリジェンスに携わりました。M&Aをするにあたってリスクを洗い出していく作業ですね。


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USCPAを取った後に社内でどのような仕事ができるかが興味あるのですが、KenjiさんがUSCPA合格後にやっていた海外子会社の経営管理の仕事についてもう少し詳しく伺えますか。

基本的にはプロジェクトがあって、そのプロジェクトに関わります。私が関わった一例は、インドの子会社で、売掛金の回収プロセスがインドの商習慣に合わず、売掛金が積み上がっている状態を解決するプロジェクトでした。本来あるべき姿がまったく機能していなかったのですが、USCPAで勉強したあるべきプロセスに準ずる形に直していきました。

そのあと、会社を辞めたわけですよね。

そうですね。辞めたのは今年の3月末で、私はアメリカに移住するのが目標で、合格以降、様々なアクションをしていました。うまく行っていない状態で会社に居続けていると、良くないなと思いました。自分で自分の環境を変えていかないと、と思いました。

仕事柄、海外に行く可能性はあり、辞める時にも海外に出すことは言われていました。ただアメリカには一度行っているので、東南アジアとかの新興国に行けという感じでした。そうした国には望めば行けたと思うのですが、アメリカ以外には興味がなくて、駐在に出て、辞めるくらいだったら、事前に会社を辞めようと思って3月末に辞めました。

今は、USCPAを取得した後の縁で日本の会計士の方がやっているコンサル会社があって、そこの方にアメリカに行くまでの期間まででも良いから、ということで誘って頂いて、フリーランスでコンサルティングをやっています。

今のお客さんは中小企業とか、上場企業とかいろいろですが、会計士がやっている事務所なので、基本的には会計周りから入ります。ただ私は監査経験があるわけでもないですし、経理畑にいたわけではないので、そこまで経理サイドでのスペシャリティは無いなと感じていて、どちらかというと海外子会社の管理で培った内部統制とか、ビジネスコンサルティングの部分のほうが自分は入りやすいので、そういう案件を回してもらっています。

新しいビジネスを興そうとしているクライアントに対して、そこのマーケティングの調査をしたり、事業計画を立てたり、小さい会社だと業務フローを作成したり、という仕事です。

前の会社は誰でも知っているような会社だったので、ひと通りのことは整っていたのですが、ベンチャー企業とか、従業員が二桁というような会社だと色々なものが整っていなくて、「この会社、大丈夫なのかな?」と最初は思いました。(笑)

それでも会社って回るんですよね。それは経営者のリーダーシップや、勢いがあるので、そこが見えなくてもやっていけちゃうんです。だけどもこれから成長していく為には、そうしたところをしっかり整えていこうということでコンサルを雇い始めるという会社が多いと思います。

転職活動はどの様に行ないましたか?

転職活動の経緯ですが、最初はM&Aコンサルや北米駐在案件を軸に探しました。
一番最初は、自分のキャリアを棚卸して、職務経歴書をつくりました。いくつか転職エージェントにも登録して、アビタスさんのキャリアセンターにも登録をしました。M&Aコンサルはよくあるのですが、北米駐在案件はほぼなくて、ヨーロッパもありませんでした。何故なら、駐在に出せるのは日系だけで、外資系のところは海外にヘッドオフィスがあり、人も充分いるので、そこにわざわざ人を送る必要がありません。なので、駐在に行こうとすると、日系の会社からのほうが早い、というのが僕の理解です。ただそんな中でも、ある大手の化粧品会社で、シカゴとシドニーに買収した子会社があって、最近、買ったばかりなので、内部統制を整えたり、日本とのリレーションを強くして現地の情報を引き出すような体制が必要だからということで自分に興味を持ってもらいましたが、結局は入社しませんでした。

理由としては、それと同時期の2014年11月にボストンキャリアフォーラムがあり、それにチャレンジしていたためです。ボストンキャリアフォーラムでは、9割は東京のオフィスに英語を話せる人材がほしいという案件なのですが、一部では監査法人でアメリカにいるが日本語が必要という会社が現地採用をしているということで、2週間、会社を休んでボストンへ行きました。

キャリアフォーラムは2週間もあるんですか?

実際は3日間です。他にも、現地に日系の人材派遣会社もあるし、リクルーティングの会社もあるので、日本にいる段階で、連絡を取って、現地で面接が受けられるようにしておきました。実際、前後一週間はNYに行って、インタビュー等を入れてもらいました。

キャリアフォーラムは、外資系に転職したいという人にはおすすめです。駐在とかしたい人には意味がないかもしれません。3日間やっている中では毎日内定が出ます。日系の会社はその日に面接、東京で最終面接ということが多いですが、外資系だとその場で内定が出ていました。
監査法人だと、夜にやるディナーに誘われ、そこでアピールできると内定が取れる、なんてこともありました。

開催は3日間しかありませんが、登録は1月から始まっています。事前登録の裏では青田買いがされていて、電話などで面接しませんかなど誘われることもあります。実際自分もBig4からそのお話を頂き、事前に電話面接を日本とアメリカでやりました。

面接の相手は、アメリカにいる日本人の方で、その後、パートナーと電話面接して、その電話での面接中に「いつボストンに来るのか」と聞かれて、その前の一週間前にニューヨークに行くという話をしたら、そのときにオフィスに遊びに来ない?と聞かれ、ボストンキャリアフォーラムの前にニューヨークのオフィスへ行くことになりました。

当日は朝から四件の面接が入っていて、面接が終わって、若手の人たちとランチに行き、戻ったら、電話した時のパートナーの方からオファーを出されました。そのスピード感は本当に心を動かされて、そのオファーを受けることにしました。

そこまで決まったけども、、っていう話なんですよね。

そうですね。私自身は、今、大手監査法人の日系監査部に内定をもらっている状態で、そこからがアメリカの就労ビザとの戦いになります。

私が応募しているビザは、H1Bという向こうの大卒以上の人が応募できる外国人用のビザなんですが、国のルールで年間の発行枚数が決まっています。年に一回しか応募チャンスが無く、規定数を超えると抽選があり、その中から審査されて発行がされます。 抽選に落ちると、次の年まですることがなくて、留学した大学生の子たちは日本に帰らされたりしています。

私の場合は、来年も監査法人側がサポートし続けてくれるということになったので、今年も応募したのですが、今年も落ちてしまいました。そして、今度こそ断られるかと思ったのですが、有り難いことに来春もサポートしてくれるということになっています。

こちらでの仕事があるので挑戦し続けられるのですが、くじ引きに人生を預けているような状況で悔しいですね。 他に何か手段を目指して、今年の9月に1ヶ月間渡米して挑戦してみましたが、結局、成果が出せていません。

転職活動においては、働くその州のライセンスを持っていないと採用されにくいですか?

そんなことはないですよ。大学生などは入所してから勉強する人も多いです。自分はNYで働こうと思っていたので、受験州であるワシントン州から、ニューヨーク州への切り替えのために事前に準備をしていました。 まだライセンスは取得できていませんが、USCPAに合格することで、前の仕事もやめられたし、有り難いことに今、仕事もあるし、まだいけるかわかりませんが、自分の望んでいるアメリカでの仕事に内定ももらえていますし、取得して良かったと思っています。

その監査法人だとニューヨークのオフィスで、相手は日本人になるんですか?

日系監査部なので、基本的には日本人です。

日本本社のブランチとして、連結財務諸表の監査とかになるんですか?

そうですね。お客さんは日系企業になります。

スタッフは何名くらいいるんですか?

全体で100名くらいいて、監査で60名、税務で40名くらいです。

監査部での内定ということでしたがそれはUSCPAの資格が評価されたからだと思いますか?

100%そうだと思います。取得していなかったら相手にされていないと思います。

通信会社ではUSCPAに合格したことは話しましたか?

言わなかったです。いわゆる日系企業の体質だったので、言ったところで…という感じが。

勉強はどのようにされていましたか?

綱渡りな勉強をしていましたね。FARが2回とも75点ギリギリ。BECも2回めでギリギリ75点でした。
落ちると項目ごとにレポートをもらえるので、そこを確認しながら勉強しました。他の合格者の方に比べたら全然高得点ではなく、自分は本当に適しているのかと思うところもあります。ただ、自分の人生の目標は、どういう仕事をしたいかではなく、どういう場所に住みたいか、どういう人生を送りたいかで、たまたまそのきっかけになるのがUSCPAでした。なので、僕は胸を張って合格者だというし、その資格を使ってチャレンジしていきます。
勉強時間に関しては、スキマ時間をたくさん作って勉強していました。

朝は2時間早く起きて会社の近くのカフェとかで勉強、お昼は基本一人で、ランチ食べながら1時間勉強して、夜も早く終われば家の近くのファミレスなどで23時まで2-3時間勉強していました。

これで平日は6時間くらい勉強をしていたと思います。
土日の夜はわりと用事が入ってしまうので、それまでは朝からずっとファミレスで勉強していましたね。
家で勉強できないタイプなので、家には帰らないし、なるべく早く家を出て外で勉強するという事を徹底していました。

日系企業での駐在の良い点と悪い点を教えていただけますか。

あくまで私の個人的な所感ということで参考程度にしていただければと思いますが、良かった点は、駐在員として海外に出ると、職位が上がります。

主任の人は課長級、課長の人は部長級、部長の人は社長になるという人事で、その分、責任もやることも増えます。基本的に現地法人は本社と比べると 十分に人がいないので、自分で決めて自分でやっていかないと何も回らないです。ですので、やりがいはあって、楽しいと思います。

それとやることをやっていれば、必要以上に管理をされないので良いですね。それとアメリカに戻りたいと思っている理由に繋がるんですけども、異文化でも新たな経験が仕事でもプライベートでもあって、住んでみないと見えないものってあります。それと福利厚生が手厚いです。

ざっくりいうと日本でもらう給料の1.5倍から2倍くらい年収で違うと思います。その分、責任が付きまとってくるということですね。
悪かった点としては、海外に出た途端に本社が敵になります。(笑)うまくいっているときは放置してくれるのですが、うまくいかなくなると毎日電話会議があって、本社は部長が目の前にいる手前、担当者から「あれはどうだ、これはどうなっているんだ」と詰めてきて、こちらは全部説明しなければならないという感じでどうしても敵対しちゃうんですよね。

一緒に何かを考えようという雰囲気じゃないですよ。
また、現地社員との関係作りが難しいです。給与や待遇に差があり、向こうもそれがわかっているので、「お前ら、金貰っているんだから、働けよ」という態度の人もいます。そういう人間関係の構築って日本で働いている時と違って難しいなと感じました。

それと企業によっては、取引先も日系企業がほとんどなので、英語の使用頻度があまりなくて、英語を使う機会がほとんど無いひともいると思います。あと日本人界隈の付き合いが多く、逆に接待が多かったりもします。

他には、帰ってきてから日本社会に馴染みにくくなる人もいます。私ももれなく馴染めなくなってしまったのですが、自分である程度、裁量を持って仕事を進められるのがほとんどで、相談するとしても、一人に聞いておけばよかったのが、日本に帰ったら、課長がいて、部長がいて、本部長がいて、、、という感じで稟議をどれだけ通さないといけないんだという感じで時間がかかりすぎて嫌になりました。

駐在から帰ってくると辞めてしまうケースが多いというネットの記事を読んだことがありますが、やっぱりその一番の要因というのは、裁量の部分とか、現地で自分がやってきた仕事からシュリンクして帰ってくるので、自分っていらないんじゃないかって思ってしまうんですよね。それでもその経験を活かして、その会社に残る人もいると多いと思いますが。

あと何度か自分もあったのですが、自分の意志とは無関係に異動をさせられるっていうのもあると思います。たとえば、向こうで一から立ち上げに関わって、ビジネスが軌道に乗って、自分の会社くらいに愛着がわいたころに会社の都合で帰国ということになって、でも、後任で行った人がだめで、業績が悪くなって、という人も見てきました。どれだけやっても会社のモノは会社のモノっていうマインドが難しいな、と思います。

自分の過去の経験からそこに行きたいとか言う人がいますがKenjiさんは?

もともと自分は帰国子女や留学などではなく、たまたまNYで仕事ができて、そこがエキサイティングな場所だったので惚れてしまいました。他の場所だったらそこだったかもしれません。

NYから帰って来たくなかったのに、帰ってきてしまったというところがあって、やり残したものが自分の中にあったんですね。公私ともに魅力的なものがアメリカにあって、もっと知りたいなと持っているので、今はアメリカ一本でやっている状況です。

やっぱり自分の知らないことを知っていくというプロセスがすごく好きなので、日本で閉じこもっているよりは、多少苦労してでも海外に行きたいなと思います。

今はアメリカ以外は考えていないですか?

アメリカ以外は考えていないですね。転職活動もアメリカ以外はやっていないです。職は東南アジアとかはいっぱいありますね。

渡米後の雇用規定とかはわかっていますか?

わかっています。仕事内容や、年収もわかっていますよ。流石にお客さんがどこになるかまではわかりませんけどもね。

そのオファーは通信会社の直近の時より年収は低いです。NYの方が物価は高いし、生活は苦しくなるだろうなとは思いますね。

給与とかは、今までの年収とかをベースに考えてくれるんじゃないですか?

普通の転職であれば、ある程度は検討されるとは思います。ただ私の場合、監査法人で、監査の経験がないので、一番下の職位からになります。

転職活動のときに使ったのは、ボストンキャリアフォーラム以外はどのようなところがありますか?

トップというところとアクタスを使いました。キャリアフォーラムはLAとか東京でもやっていますね。

ボストンキャリアフォーラムに応募出したときってCPA以外の資格も書きましたか?

TOEICと簿記(英語表記)のことも書きました。CPAはライセンスを持っていないので、試験に受かったという書き方をしました。

ボストンキャリアフォーラムのときは、面接するとスクリーニングテストというものがあって、わざとアメリカ人との面接が入ります。他のところを受けた時は、スクリーニングテストで落ちてしまいました。内定を貰ったところも、途中の面接でスクリーニングテストと思われるところがありましたね。

今後は勿論、アメリカに行って、というのはあると思いますが、もっと先の10年先とか、20年先のイメージとかはありますか?

前提として自分の子どもを向こうで産みたいというのがあります。自分もビザを取るのに苦労したので、子どもが日本に行きたければそれで良いのですが、選択肢は与えてあげたいなと思っています。

その先は、今までの話のとおり、日系企業は自分の肌には合わないので、どこかのタイミングで、自分で何かやりたいなとは思っています。アメリカに住んでいる自分の知り合いのビジネスに乗っかるというのもアリだなと思っていて、それで向こうに行くステータスを確保して、向こうに行った状態で、自分で何かを始めるというのは綺麗な形なのではないかなと思っています。

皆さんも頑張って合格してください!

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